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九一式戦闘機について
(中間報告)
中島九一式戦闘機学術調査プロジェクト
横川裕一 |
紹介と個人的感想 佐伯邦昭
紹介
ホームページ陸軍愛国号献納機調査報告でおなじみの横川裕一さんの10年にわたる研究活動の中間報告書です。これまで中島九一式戦闘機を単独で取り上げた書籍は無いように思いますので、斯界初の業績として歓迎いたします。
九一式戦闘機は、所沢航空発祥記念館が所蔵する残骸が日本で見られる唯一の遺産となっていますが、日本大学生産工学部の三野正洋さんが中心になって、この残骸からもとの機体に復元しようという中島九一式戦闘機学術調査プロジェクトが活動しており、その学術調査の一貫として本書が刊行されたものです。
機体復元については、私はやや否定的な考えを持ち、航空歴史館総目次46 中島91式戦闘機残骸の扱いについてで皆さんの見解を募り紹介したところです。ただいまのところは埼玉県航空遺産保存等検討委員会で議論される予定で、その結果待ちという状態です。
ただ、プロジェクトの積極的な呼びかけにより、既にプロペラ、ホイール、計器などの実物が提供されているとのことで、なかば絶望視されていた関係部品収拾に光がさしはじめたことについては、大いに敬意を表し、更なる発掘が行われるように期待するものです。
発 行 平成17年6月1日
発行者 三野正洋
体 裁 A4版 モノクロ印刷 42ページ
頒 布 切手1200円分(50円、80円に限る)を同封して下記へ
申し込むこと
千葉県習志野市新栄2-11-1 日本大学生産工学部 三野研究室
Eメール marsa@cit.nihon-u.ac.jp 電話047-474-2848 ファックス047-473-1227
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中間報告の内容について個人的感想 1
全く個人的な感想で間違っているかもしれませんが、私は本書の圧巻は九一式戦闘機の生産機数について従来の説をひっくり返したことだと思います。
従来の説といっても定説があったわけではなく、野澤正さんが日本航空機総集中島篇で書いている一型320機、二型22機という区分が通説になっているものと思われますが、横川さんは、綿密な考証によって、二型が新たに生産されたのではなく、一型実機のエンジンを換装すること等によって二型と呼称を変えたものであると推定しています。
これは、非常に大胆な仮説であると同時に通説を覆す重要な転換です。それが単なる文章だけでなく、巻末に添付されている「付
表1 九一式戦闘機の愛国号リスト」と「付表2 九一式戦闘機機体リスト」で裏づけされているところに学術的価値があるように思います。これこそ10年にわたる筆者の努力の賜物でしょう。
また「付表3 九一式戦闘機年表」も、多くが初公開の集成であり、歴史記述の原点として航空史執筆者が大いに見習ってほしいところです。それだけの値打ちがあるものと認めます。
中間報告の内容について個人的感想 2
私は、雑誌や単行本における日本陸海軍機記述の9割までは、次の2冊が下敷きになっているものとみています。
(陸軍機) 回想の日本陸軍機 昭和37年航空情報臨時増刊150 酣燈社
(海軍機) 岡村純 巌谷英一共著 日本の航空機 海軍機篇 昭和35年出版協同社
横川さんも、参考文献のトップに回想の日本陸軍機をあげています。当然だと思います。九一式戦闘機についても実際に審査などに当たった今川一策、安藤成雄といった人々が執筆しているのですから、この本の記述と異なることを書くとすれば、かなり強力な証人や史資料を持ち出さないといけないし、多くの航空史家も尾ひれ歯ひれは付け得ても、それ以上の新説は出しにくいわけです。
そういう観点から、中間報告を読みましたが、「1 おいたち」の部分でいくつもの疑問にぶち当たりました。今川氏や安藤氏が書いていることに盲従しろと言っているわけではなく、違うのならその根拠を示してもらいたいということです。でないと欲求不満が残ります。
例えば、九一戦の試作が思うようにいかなかった時に、「イギリスのブルドッグ戦闘機の輸入という対処案を検討したようだ」とありますが、回想の
日本陸軍機では中島がブルドッグ戦闘機の製造権を買って昭和6年に1機完成させたと写真入で出ています。また、陸軍がカーチスP-6戦闘機を買っているのも、初の戦闘機国産に危機感を持っていたからと思われますが、触れられていません。
また、陸軍大臣に「単座戦闘機試作」申請が提出されたとありますが、誰が大臣に提出したのでしょうか。陸軍内部なのでしょうか。「昭和2年2月に認可され、中島などで設計競作が開始された」とありますから、どうも民間側から大臣に出したような文意となっており、大変に興味深いところですが、軽く流してあります。
横川さんの考えは、このあたりは類書に譲っておこうということなのでしょうか。それにしては航空朝日昭和16年7月号の引用などもありますし、読者側の要求としては、国産初の戦闘機ですから、当時の産業技術一般にも触れながら開発過程をしっかりと記述してもらいたいです。それが、読者を引き込むイントロダクションになると思うのです。
中間報告の内容について個人的感想 3
製造機数に次いで圧巻だと思ったのは、九一戦の欠陥といわれる左右方向の不安定の原因について、垂直尾翼の大きさや、当時の技術水準(フランス直輸入?)と思われる胴体外板のリベット打ちなどから詳細に考察してあることです。ここは迫力があります。
また、所沢航空発祥記念館の残骸を二型と断定している記述も、横川さんの虫眼鏡的徹底調査の賜物であり、並み居る航空史家が薬にしてほしいところです。
もうひとつ、昭和10年の所沢陸軍飛行学校発行の飛行機操縦教程(九一式戦闘機の部)など第一級史料を駆使していることです。これは、もううらやましいという感じですね。必要部分だけを小出しにして適切に散りばめてあり、一型の三面図と計器板図、詳しい諸元もコピーしてありますが、欲を言えば全巻を付けてほしい。でもそれは無理な注文ですかね。
ここでちょっと遊び:飛行機操縦教程(九一式戦闘機の部)の一節
第七 本機はプロペラの回転方向左方にして向振の方向は右方なるを以って、飛行中常に方向舵を左方に使用しあらざるべからず (二型はプロペラの回転方向右方にして操作は一型と反対なり)
左方に使用しあらざるべからず−「使用しあらざる」とは「使用しない」の意、「べからず」は「ならない」の意でしょうか? とすると、方向舵を左に「使用し
ない」を「してはならない」、つまり左に蹴れということですか?
結論
つまらぬ遊びで気分転換していただきました。
さて、著者は最後に今後の調査項目として7点を挙げておられます。たいへん謙虚な姿勢であり、読者で何か気付きがあれば積極的に知らせてあげてほしいと思います。
その中で、私は九一式戦闘機のエンジン、一型は「ジュ」式450馬力、二型は九四式450馬力(類書は寿2型というのが多い)としてありますが、そこの詳しい解明を最も希望します。また、改訂版が出るのなら、構成と文章について徹底的に検討しなおされるよう望みます。
日替わりメモ805番 2005/06/19
九一式戦闘機中間報告の著者 横川裕一さんから
書評、拝読いたしました。
ご指摘、ありがたく頂戴いたします。
一点明らかにさせてください。
市販文献は参考にしていますが、それに盲従するつもりはありません。「基本は軍資料」を心がけましたが、「おいたち」のあたりは、中島側の話で、なかなか資料が見出せないことが一因で、ああなってしまっております。至らない限りです。
「陸軍大臣に「単座戦闘機試作」申請が提出されたとありますが、誰が大臣に提出したのでしょうか。」」の下りですが、ご指摘のように受け取られたのなら、これまた至らない限りです。
航空本部長 井上幾太郎名で、陸軍大臣 宇垣一成に提出されています。現代風に考えれば、「稟議」でしょうか。「民間側から大臣に出した」ことではないことだけ、明らかにさせてください。
ご指摘は次回の改訂に、役立たせて頂きます。
日替わりメモ807番 2005/06/21
昭和10年ごろの古文??
ところで図書室19で、ちょっと遊び
として取り上げた飛行機操縦教程の中の文章解釈ですが、その原本写しを横川さんが送ってくれました。
カタカナで濁点も句読点もなしという文語体です。わずか70年前の日本語がもう古文の仲間入りをして、解読を必要とするこの国の文化には、ただただ恐れいります。
さて、問題の「使用シアラサルヘカラス」の部分は、九一戦一型はプロペラが反時計回りで機首が右に振れるので、左のペダルを踏んで方向舵を左に曲げておきなさいという意味に解釈できましたが、言葉そのものはよくわかりません。そこで辞書の厄介になりました。
@ 使用シ アラ サルヘカラス
A 使用シ アラ サル ヘカラス
このようにばらばらに分けてそれぞれを辞書(手持ちの安い辞書です)で引くと
アラは‥在るという意味
サルヘカラスは、‥しなければならないの意味
サル単独では‥打ち消し
ヘカラス単独では、‥してはならないの意味
となり、 @は、使用しなければならないであり、Aは、使用しないことをしてはならないとなって、
理解にすこし時間はかかりますが、一応同じ意味になって安心です。
ただし、佐伯流解釈ですから、頭から信じないようにお願いしますが、遊びついでに、杉山さんから提供されている満州陸軍飛行学校の飛行機基本操縦教程(康徳8年−昭和16年発行)を開いてみました。満州といっても、内容は内地の陸軍と同じものです。
どうでしょう。1ページから「一以ッテ千ニ當ルノ優秀ナル技能ヲ保持スルヲ勉メサルヘカラス」なんていうすごい用法がどんどん飛び出してきます。
しかし、アラサルヘカラスという用い方は発見できませんでした。類似の言葉としては、
威力ヲ最大限ニ発揮セシメサルヘカラス
規定ハ絶対ニ之ヲ守ラサルヘカラス
沈着ニシテ冷静ナル操縦ヲ行ハサルヘカラス
過度ニ小ナル半径ヲ以ッテ方向ヲ変換スヘカラス
之ヲ一定ニ保タンカ為ニハ迎角ヲ減(増)シテ高度ノ変化ヲ防止セサルヘカラス
などたくさんあり、サルヘカラス(しなければならない)とヘカラス(してはならない)が一般的に通用していたようです。
しかしアラという二文字はどこにも出ておらず、ということは九一戦教程の中のアラという二文字
が極めて特殊な用い方もしくは誤植の可能性ということも考えられます。
「使用シサルヘカラス=使用しなければならない」でよかったのではないでしょうか。
以上国語教室でした。お帰りに宿題を出します。
出題 : 次の古文に句読点を打ち現代風に書き直しなさい。
飛行機カ風向ニ正對シテ滑走スル場合ノ速度ハプロペラノ牽引力ニ依ル對地速度ト風速ノ代数和ニ等シキカ故ニ無風ノ場合ニ比シ離陸ニ必要ナル速度ヲ得ルコト速ニシテ從テ離陸速ナリ之ニ反シ背風ヲ受ケテ離陸スルトキハ離陸ニ必要ナル速度ヲ得ルコト遅ク離陸ニ長時間ヲ要シ滑走距離從テ又大トナル尚風速或程度以上ニ達セハ如何ニ滑走スルモ離陸ニ必要ナル速度ヲ得ルコト能ハサルノミナラス飛行機ハ風ノ為顚覆セラルルノ虡アルヘシ
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(注) 代数和とは、正・負の符号を持つ数又は式を加え合わせた和をいう
答え
(1) かつおさんの答案
飛行機が風上に向かって滑走する時の速度は、プロペラによる純速度と向かい風風速との合成速度であるから、無風の時にくらべ早く離陸速度に達する。
反対に追い風の場合は反対風速によりプロペラ純速度が相殺されるので、離陸までの滑走距離・時間が長くなる。
なお、追い風の場合、風速がある程度以上に達すると離陸不能になるばかりでなく、途中で転覆の恐れがあるので強い追い風離陸は絶対にしてはならない。
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(2) にがうりさんの答案
飛行機が風向きに正対して滑走する場合の速度は、プロペラの索引力による対地速度と風速の代数和に等しいので、無風の場合に比べ、離陸に必要な速度を得るのは早く離陸速度に達する。
これに反し、背風を受けて離陸するときは、離陸に必要な速度を得るのは遅く、離陸に長時間を要し滑走距離も大となる。
なお、風速がある程度以上あると、長く滑走しても離陸に必要な速度は得られないばかりか飛行機は風のために転覆する場合がある。
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(3) 制作者の答案
飛行機が風向きに正対して滑走する場合の速度
は、プロペラの牽引力による対地速度と風速
を合わせたものに等しいので、無風の場合に比べて離陸が速い。
逆に追い風を受けて離陸するときは、必要な速度に達するのが遅いので、離陸に長い時間を要するし、また滑走距離も大きくなる。
なお、風速が或る程度以上になると、どのように滑走しても離陸に必要な速度を得
ることはできないばかりか飛行機が転覆する恐れもあるので注意が必要である。
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以上です。皆さんの答案はいかがでしたか。今は、タワーから滑走路のどこへ行けと指示がありますが、昔は操縦者が吹流しを見て滑走の方向を決めていたようで、教科書にこのような記述が必要だったのですね。
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