RAAF 111 Mobile Fighter
Control Unitは、戦後、山口県岩国に駐留したBritish
Commonwealth Occupation Forceの傘下にあって、1945年12月に山口県防府に司令部を置いたRAAF
No.81 Wing(P-51とモスキートを装備)に属します。
No.81 Wingは翌1946年に、
No. 481 (Maintenance) Squadronと111
Mobile Fighter Control
Unitが増設され、前者はインフラ施設ノ復興支援や選挙の監視など民生面のサポートに当たり、後者は、No
305 Early Warning Radar Stations、 No 322 Early Warning
Radar Stations又はNo 165 Ground Control Intercept Radarを持ち込んで試験運用を行った模様です。
場所は、鳥取県美保、島根県浜田、山口県須佐(現萩市)、広島市吉島、香川県高松のようです。部隊は1948年12月にシドニーへ帰還し、1949年1月に解散しています。
第111戦闘統制部隊が持ち込んだレーダーサイト装置は、No.
305及びNo.322早期警戒レーダーステーション、No.162迎撃管制レーダーで、1946年9月にシドニーから積み出され、10月4日に岩国へ陸揚げされ、美保、広島、須佐などの置かれたもようです。
No. 111 Mobile Fighter Control
Unitについての参考サイト