U-2はCIAと米空軍の航空機という印象が強いが、そもそも極東に展開した最初のU-2AやU-2Cは米海軍厚木基地を拠点として活動した。1959年9月24日に藤沢飛行場に不時着したU-2は論外として、厚木基地の滑走路工事のため1960年2〜7月米空軍横田基地に拠点を移動した以外は日本の米空軍基地にはほとんど離着陸することが無かった。U-2はDET.C
(分遣隊C)というれっきとしたCIAの所属機であったが、表向きには米空軍のWRSP-3という部隊の所属機で、米海兵隊の格納庫に挟まれた一格納庫を占有していた状況は、一般向けの厚木基地のガイドブックにも記載されていた。
数あるU-2派生型の中でもU-2G、U-2Hは着艦フックを備えて空母から運用可能な艦上機であり、U-2R/Sは開発当初から空母での運用を考慮して着艦フックと折り畳み構造の主翼を備えた艦上機仕様の機体である。ドゴール政権下のフランスは折からNATOと一線を画し、独自に核開発を進め、大気圏内核爆発実験を南太平洋のムルロア環礁で実施した際、米国はその開発内容の詳細を調査する必要に迫られ、高高度の大気サンプリングを行う必要があり、陸上を基地とする米軍気象観測機の行動半径外に位置するムルロア環礁周辺でのサンプリング飛行に供するため改造されたのがその発端。一言苦言を呈すれば本書では技術面の説明に終始しており、当時のフランスと米国を含むNATO諸国との微妙な外交関係について記述されていないため、U-2G/Hの出現の必然性が説明できていない。
また、U-2の低圧・低温環境の高高度での長時間飛行用特殊燃料(低蒸発、低凝固性)として米空軍が使用したMILスペックのJP-TSの記載はあるが、CIAが使用したP&W社推奨燃料LF-1Aに関する記載はない。後続性能向上のため空中給油受油装置を備えたU-2E、U-2F、U-2Gの説明はあるが、特殊燃料を給油した母機に関しての記述も一切見当たらない。
さらに、米海軍関係では米海軍の予算でU-2R(s/n 10339)を改造し、機首にRCA製Xバンドレーダ、左翼のポッドにはT-35トラッカーカメラ、右翼のポッドにはAN/ALQ-110
ELINT受信装置を装備したEP-Xについて本書では一切の解説がなされていない。EP-Xは艦上のCICから遠隔操作で作動する海洋監視センサーのプラットフォームとして1973年に試験飛行し、高い評価を受けたものの、U-2R派生機としては生産されず、そのコンセプトはBGPHS
として同じロッキード社製のS-3Aヴァイキングを改造したES-3Aシーシャドーの開発に繋がり、1990年代一杯空母に搭載され、空母機動部隊の前哨ウエポンシステムとなったことで重要である。また、LAMPS
Mk.III (SH-60B)や海上自衛隊のHSS-2B、SH-60J、SH-60Kもそのコンセプトの延長線上にある。
U-2A〜U-2Hの系列から大幅に改設計されたU-2Rについても詳細に解説されているが、改造目的に@信頼性の向上、A整備性(搭載装備へのアクセス性)の向上、互換性部品の増加等の項目が脱落している。
U-2RのターボジェットエンジンJ75-P-13BをターボファンエンジンF101-GE-29(後にF118-GE-101と改称)に換装してU-2Sとした経緯は述べられているが、それに伴う改善点(整備時のエンジン脱着の簡素化、油圧系統のアクセス向上、エンジン取外し時の油圧・電気系統の独立作動能力、故障個所特定法の改善、発電容量の増加)等や、困難となった空中再始動にヒドラジン・システム(無色無臭で人体有害)の搭載で対処した点についても触れられていない。
以上、いろいろ指摘したが、かつて海上自衛隊岩国基地で共に「PS-1戦力化」で尽力した旧友、海老浩司君の手によるU-2搭載の偵察・センサー機材の解説も詳細を極め、U-2を総合的に理解するには実によくまとめられた珠玉の一冊であり、ぜひ購入・熟読することをお勧めする。