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図書室76 掲載2014/06/12 評 佐伯邦昭

 関連 パンサー/クーガー写真集

 2017/06/04追加 山内秀樹さんによる考察

 

パンサー・ クーガー大好き人間向けの百科事典
   

  書名 世界の傑作機 No161
    グラマンF9Fパンサー/クーガー

  発行 2014年7月5日

  編集人 湯沢 豊

  定価 1143円+税

 

 

 

 大好き人間と言っては語弊がありますが、日本機では零戦や隼を好む一方で、戦時中から聞きなれたグラマンという名の戦闘機、そしてグラマンらしいずんぐりした(何やら可愛らしい)姿に愛着を感じていたオールドマニアは多いと思います。

 かくいう佐伯は、若気の至りの反米思想を転換するきっかけのひとつが、航空ファン読本第10集の表紙写真であり、同誌の記事と簡単な三面図だけで造ったパンサーが復活第一作のソリッドモデルであり、そして、 初めて訪れた岩国三軍記念日で、既に複座のクーガーになっていた実物のF9F(TF-9J)がジェット軍用機との初対面でした。思い出は深いです。
   (このページ末尾に同誌表紙などの写真掲載、なお佐伯邦昭のヒコーキマニア人生録も参照してください)

 文林堂が、そのパンサー・クーガー大好き人間向けにやっと世界の傑作機シリーズに本機を登場させました。
 いつもながら、カバー表紙のイラストは陰気くさくて気に入りませんが、内容に関しては相当に読みごたえがありました。以下、個人的に感じたことを紹介いたします。      

内 容 

1 グラマンカラーアルバム 写真25葉     解説 松ア豊一

2 グラマンカラー側面図 10機        作図と解説 二宮茂樹

3 パンサー/クーガーの誕生と発達 12頁  解説 松ア豊一

4 F9Fパンサー/クーガー各型写真解説 32葉     解説 松ア豊一

5 比較技術論パンサーからクーガーへ豹変の背景にある技術 8頁 解説 鳥養鶴雄

6 構造とシステム 14頁             解説 山内秀樹

7 GRUMMAN F9F IN ACTION  34頁      解説 松ア豊一

8 朝鮮戦争とF9Fパンサー 5頁         解説  田村俊夫

9 映画「トコリの橋」とその原作 1頁      解説 田村俊夫

10 パンサーで戦ったセレブたち 2頁     解説 田村俊夫

11 グラマンF9Fパンサー/クーガーの塗装とマーキング 12機 作図解説 黒木一実

12 F9Fパンサー/クーガー(1/100)図面、ステーションダイアグラム
                        内外詳細図など      作図作画 鈴木幸雄

 

  まずは、この目次を見ただけで、まあ100頁足らずの中によくも詰め込んだものよと驚きます。それぞれの執筆が力作揃いで、パンサー・クーガーが大好きという程度のレベルのマニアにとっては、F9Fの百科事典みたいな贅沢な内容です。洋書でもこれだけのものは出ていないのではないかと勝手に推測しています。

   
・ 比較技術論パンサーからクーガーへ豹変の背景にある技術

 特に、鳥養鶴雄さんの富士T-1、三菱T-2とYS-11の設計に携わった経験を織り交ぜて、したたなグラマン社の技術を解析している論文がいつもながら読みごたえがあります。

  
・ 構造とシステム

 また、山内秀樹さんは、例によってアメリカ海軍公式記録とF9Fの全TO(マニュアル)を渉猟した上で、何がどういう経験(離着艦中や戦闘中の不具合など)をして何がどういう改造に至ったか等々を細かに記しており、 パンサーの開発から、クーガーに至って完成機となった過程が実によく分ります。

 イギリスやソ連に遅れをとったアメリカのジェット戦闘機開発が、遂にはF-4など両国を凌駕する性能の機体を生み出すに至る過程は、空軍における陸上機ノースアメリカンF-86と、海軍における艦載機グラマンF9Fの開発と改良が双璧を為すものでり、この両者を知らずしてジェット戦闘機を語るなかれと、(多分、山内さんは気にいらないでしょうが)私はそう思います。

 難しいことは別にして、例えば、F9Fの操縦席から前は、真円のノーズコーンです。両側のレールに沿って前へすぽっと抜き出して、機銃やカメラの整備をすることができる優れものでしたが、中に弾丸発射ガスが充満して爆発し 、コーンそのものが射出され、機銃むき出しで帰還することがあった話など愉快ですね。

 円い曲面というのは、ステルス性という意外な効果があって、朝鮮戦争勃発時の空母のレーダーでは、母艦上空を通過しても捕捉できなかった例があるそうです。

 よく知られているように、パンサーは戦闘機として空中戦での実績は乏しく、地上攻撃を主任務としました。その点ではF-86に劣っていると思いますが、最終形のクーガーに至って米海軍で初めてサイドワインダーを積ませたり、発射された核ミサイルを誘導する任務、そしてMk.12核爆弾を搭載する形式まで造られ、これらの経験が名機ダグラスA4D(A-4)に受け継がれていったのではないかと思います。
 Mk.12核爆弾が、わずか250発しか製造されなかったため、F9FとF-86で奪い合いの状況だったというのも、初めて知りました。このような、実際のエピソードを織り交ぜて構造とシステムが解説してありますので、読みだすと時間を忘れますよ。

 更に山内さん作成の「F9F/F-9生産機Bu.No.リスト」及び「F9F/F-9派生型の機数とBu.No.リスト」が凄いです。皆さん、お手持の写真でBu.No.が読み取れたら、この表で当たってみてください。必ずどこかに該当機が見つかります。F9F研究の原点ともいえるべき労作です。極細の字で目が疲れるのが難点で、編集人は、マニアのためならこの表こそ大きく載せるべきでした。

・ その他の方々の記事と写真と作図も評価できますが、内容に重複があったりして、 執筆・作画作図者の連携不十分が感じられます。
 例えば、写真ページの1、4、7のように、あれもこれもという選択でなく、素直に時系列で整理してくれていたら、後々百科事典として参照する時にも迷わずに済むのです。

・  写真でいえば一点だけ不満を申し上げておきます。
 揚力の一部になるとか、不時着水の時の滑走に役立つとか言われているスピードブレーキの形状が分る写真と図面が全くありません。まずい写真ですが、1965/05/16岩国三軍のTF-9J 147391 MAMS-17 SZ-2を出しておきます。鳥養さんがT-1設計でパンサーのこれを参考にしたらしいとか。

 

これ以上望むのは無理か  勝手な憶測

 専門家が見ていくと、特に写真のキャプションなどに間違いが多いらしいですが、そこまでは気付く能力も時間もないので、問題点が提供されたら発表することにしましょう。

 ミスに付いて言えば、2カ月に1冊ずつ世傑を発行しなければならない湯沢さんには、推敲も校正も、もうこの程度でいいやと打ち切ってしまう瞬間が必ず訪れます。

 航空ファン読本グラマン戦闘機全集の編集後記で、編集人横森周信さんが見事な弁明、言い訳を書き、苦情に対する予防線というか、すべての雑誌編集人の気持ちを次のように代弁しております。ヒコーキ雲制作者だってその立場ですから、気持ちはよく分ります。

 この号のグラマン戦闘機に対する各執筆者の記事の中に、すでにお互いに食い違った部分があるのに気付かれた方もおありでしょう。我々も所詮外国に対しては外国の資料に頼るほかはないので、これらはやむを得ないことなのです。
 ぼくは、こういった食い違った記事を同一の号に載せることは資料的なねらいの雑誌として当然のことだと思うのです。各々の持っている資料に基づいて同一のテーマで、それを基礎として新しいディスカッションが起きる。論争よ、起れ!です。(一部省略)

 なるほど、論争が起きて真実に近づけば結構なことなのです。だたし、 原書の相違とかでなく、筆者の勘違いや調査不足でのミス多発はこれに当たらないでしょうね。

 今回の世傑に関する限りでは、「F9F/F-9生産機Bu.No.リスト」及び「F9F/F-9派生型の機数とBu.No.リスト」をあらかじめ各執筆者に渡し、それを座右に置いて参照しながら執筆されていたら、細かなミスが相当防げていたかもしれません。

 今号に編集後記を書かず、文林堂ブログのみで自画自賛している湯沢さん、時間が取れたらご感想をお寄せください。

 

佐伯がヒコーキマニア道楽に没頭する原因を作った本

1962年航空ファン読本 第10集表紙

 「グラマンジェット戦闘機史」中の三面図と要目

 ラインの記入は1/50図面を書くためだったと思う

          

 山内秀樹さんによる考察      山内

 本書の写真キャプションに誤りが多く、一体どのような資料を基に書いておられるのか首を傾げます。

 昨今は、一次資料(公式史料)を無料でダウンロードできる環境にあり、それ以前の出版物の多くの誤記が十分訂正できる環境にあると思うのですが、安易に既存の出版物に依存され、吟味することなく、孫引きによる誤情報を「世傑」を通して拡散させ、読者に迷惑をかけている現状は、真剣に記事内容の質向上に努めている我々にとって辛いものがあります。

 何より、他の記事、例えば私の記事と矛盾が発生します。一般の読者は「何を信じればよいのか?」迷うことになると思います。

p3 VF-31F8FからF9F-2に機種転換を開始したのは194912月ではなくて194910月(ちなみに完了は502月)。空母レイテが朝鮮に向けて再出港したのは95日ではなくて919日。

 p4 空母ボクサーとともにサンディエゴを出港したのは1951327日ではなくて、39日(ちなみに326日には既に参戦している)。

 p5中段 VMF-223のパンサーは左右主脚扉にテイルレターを入れていたのではなく、左主脚扉にテイルレター、右主脚扉にはノーズナンバーを入れていた。(脚を引き込んだ状態で下から見れば「WP 1」と読めるようになっていた。)

 p6 VF-781NAS ロスアラミトス予備役飛行隊ではなく、NAS OAKLAND(オークランド)予備役航空隊だった。

 p6 NASマイアミで発足したのではなく、MCASマイアミで発足。(ちなみにMCAS MIAMI3rd MAWの本拠地であった)。

 p9 VF-1131954年に空母ケアサージで西太平洋に展開した時はF9F-6ではなく、まだF9F-2を装備していた。(ちなみにVF-113F9F-6を装備したことは一度もない。VF-11319555月からF9F-2よりF9F-8に機種転換開始、19563月にVA-113に改編)。

p31 F9F-2BではなくてF9F-2(123497)。(この時期にはF9F-2Bの呼称は廃止されていた。)

 p31 トライメトロゴン・カメラを搭載したとあるが、ウソ。F9F-2Pにはカメラ窓は左側面と下面に各1か所しかなく、トライメトロゴンカメラは搭載できない。(添付写真参照。鈴木先生がp88F9F-2P機首下面の図にカメラ窓を前後に二つ並べて描いておられるが、これは間違い。)

 p36 翌月の19538月に2機のF9F-6Pが配属されている。

 p37 「当時の戦術核兵器Mk.81112等が搭載可能となっていた」とあるが、ウランを使用したガンタイプの核爆弾であるMk.83,250lbMk.113,500lbもあり、Aero22Aの容量1,200lbを大幅に超過するため物理的に無理。よってウソ。搭載可能だったのはプルトニウムを使用したインプロージョンタイプの核爆弾Mk.12のみ。

 p.38 トリムタブと書かれているが、トリムタブは動翼に取り付けるもの。これは主翼本体に取り付けたトリマーとするのが正しい。

 p66 「空母エセックス(CV-9)艦上で訓練を行うVF-51F9F-2B(S107)」とあるが、これはF9F-2が正しい。同様に「写真に見られるように兵装パイロン付きのF9F-2Bとなったため」とあるが、これは「写真に見られるように兵装パイロン付きのF9F-2B仕様のF9F-2となったため」が正しい説明。

p68 VF-71F9F-2Bとあるが、正しくはF9F-2。(この時期にはF9F-2Bの呼称は廃止されていた。)

p68 VF-72F9F-2Bとあるが、正しくはF9F-2。(この時期にはF9F-2Bの呼称は廃止されていた。)

 p70 VMF-311F9F-2Bとあるが、正しくはF9F-2。(この時期にはF9F-2Bの呼称は廃止されていた。)

 p70 J48エンジンとあるが、正しくはJ42エンジン。(F9F-2系列でJ48を搭載している機体はない。)

 p70 VMF-115F9F-2Bとあるが、正しくはF9F-2。厚木にストックされていたのもF9F-2BではなくF9F-2。(この時期にはF9F-2Bの呼称は廃止されていた。)

 p73 「ブラストフェンス」とあるが、正しくはブラストデフレクター。

 p73 「核爆弾Mk.8の模擬弾」とあるが、これはMk.12核爆弾の模擬弾。以下Mk.8核爆弾の説明があるが、F9Fには一切搭載ぜず無関係なので不必要。(核爆弾の外形識別能力はキャプション担当者に必須です。)

 p73 NSルーズベルトロードとあるが、NS ROOSEVELT ROADSの発音はルーズベルトローズと表記するのが妥当。

 p76 VF-111F9F-2Bとあるが、正しくはF9F-2。(この時期にはF9F-2Bの呼称は廃止されていた。)

 

「パンサー/クーガーの誕生と発達」の記事中では、

p19右中ほど 翼厚比は付け根で14%、翼端で12%というのはウソ。(F9F-2/-3の系列は翼根から翼端まで一貫して12%F9F-4/-5の系列は一貫して10%が正しい。)

 

p26左上 実戦部隊で初のF9F-2装備となったのはMCAS CHERI-POINTの海兵飛行隊VMF-1158月末に受領したとあるが、実戦部隊で最初にF9F-2を受領したのはVF-5119497月〜10月、F9F-3FJ-1とともに使用していた。VF-111F9F-2を初めて受領するのは19501月で、19491231日の時点ではF8F-2ベアキャット6機の編成だった。また、VMF-1151949916日にMCAS EDENTONF9F-2を受領したのが正しく、日付、配属基地とも間違っている。このパラグラフはウソばっかり!

 p26左下 F9F-2D(改造)とあるが、F9F-2Dの存在自体が疑わしい。(F9F-2系列全機の来歴簿を1機残らず調べたが、そのような型式名はない。) 逆に実存したF9F-3Pに関して全く記載がない。

 p26 F9F-2P(改造)の記事で後部カメラベイ(回転式マウント)とあるが、F9F-2の機首には回転式マウントを装備できる余地はなく、後部カメラベイには垂直写真用のカメラ窓もない。

(だからF9F-5Pでは機首を延長して回転式マウントと垂直写真用のカメラ窓を新設した。)

 p27 F9F-5K(改造)とあるが、F9F-5Kの存在自体が疑わしい。(F9F-5系列全機の来歴簿を1機残らず調べたが、そのような型式名はない。)

 p28 F9F-6D(DF-9F、改造)ドローン管制機とあるが、当初は核弾頭戦略巡航ミサイルSSM-N-6レギュラス誘導機で、戦略核ウェポンシステムの一部を成すことを書くべき。

 p28 のF9F-6PDも同様、核弾頭戦略巡航ミサイルSSM-N-6レギュラス誘導機で、戦略核攻撃用ウェポンシステムの一部を成すことを書くべき。

 

GRUMMAN F9F Color Profiles
p14
 CV-11イントレピッドとあるのは、CVA-11

 p14 F9F-8クーガー(141089)とあるのはF9F-8B

 

「グラマンF9Fパンサー/クーガーの塗装とマーキング」

p86 F9F-8クーガー(Bu.No.144313/NK213)の図のGはF9F-8Bではなく、正しくはF9F-8

 

 我々も、与えられた滅多にない絶好の機会なので、執筆原稿の質を向上させるため最善を尽くすよう努力しております。執筆の注文を受けてから、締切までに間に合わすためには、膨大な原典資料・一次資料を一から見直す時間的余裕はありません。

 そのために平素から膨大なリスト(年表、搭載機器のリスト、エンジンに関するリスト、各種兵装に関するリスト等)に記入・加筆・修正を加えながら、執筆時には躊躇なく参照・引用できるよう、整備努力を続行しております。

自分のパンツは自分で縫い上げる努力が必要です。他人の褌で相撲をとると上記の通り、まことに恥ずかしいことになります。

 私もF9Fに関する既刊書は買い揃えておりますので、執筆者がどの既刊書を引用されたかは、容易に検討がつきます。しかし、「世傑」は既刊書の後追いではありません。一歩進んだ記事を詰め込まなければ、価値がありません。

 航空ファン編集部は、執筆は孫引きではなく、執筆の準備が整っている方にお願いしてください。