HOME・SITEMAP 日替わりメモ  国産旅客機YS-11の歴史総目次 top

 国産旅客機YS-11の歴史 

 

YS-11関連書籍について

坂崎 充著 ”惜別!YS-11”  
山村 尭著 ”YS11の悲劇 ある特殊法人の崩壊”
2004年相次いで出た雑誌社のYS-11本
初期の航空情報と航空ファンのYS-11に対する見方
「YS-11 国産旅客機44年の航跡」記録集
その他

 

1 書評  坂崎 充著 ”惜別!YS-11”                     
       山村 尭著 ”YS11の悲劇 ある特殊法人の崩壊”
  
                                                   
佐伯邦昭 図書室12から転記

 

 
書 名 惜別!YS-11 YS11の悲劇 
ある特殊法人の崩壊
体 裁 B5判 262頁 B5判206頁
著 者 坂崎 充 山村 尭
第1版発行日 2003/09/01 1995/04/05
発行所 イカロス出版株式会社 株式会社日本評論社
価 格 1800円+税 1854円

1 日経新聞と航空情報から

 日本経済新聞7月の島津製作所会長矢嶋英敏さんの私の履歴書は、ヒコーキマニアにとっても目を引く内容でした。防衛庁の輸入課契約係から創立直後の日本航空機製造株式会社へ移り、YS-11の販売などに当り、更には島津製作所にスカウトされて航空機部品の売り込みに奔走した話しなど、航空史を補完する事実が次々に出ており、最後は自分の人生を左右したYS-11は、どう言われようと優秀な飛行機であったと設計製作者を賞賛して終わっています。

 一方、同じ時期に出た航空情報9月号粂喜代治さんが、YS-11は 「旅客機として」まともに飛べる設計製作ではなく、日航製造は欠陥を指摘しても相手にしてくれず、結局YS-11をここまでの長寿旅客機に育てたのは運航会社 にほかならないと書いております。

 図書の紹介の前に、矢嶋さんと粂さんのことを書いたのは、たまたま二冊の本のそれぞれに共通するものがあるからです。

 ”惜別!YS-11”は、これほど着陸操縦のむつかしい旅客機はほかにないと書き出しながら、読み終わってみると、まさに惜別の情ふつふつと沸いてくるYS-11への愛着であります。矢嶋さんの流れです。

 ”YS11の悲劇”は、副題の”ある特殊法人の崩壊”が示すように360億円もの赤字を国民に押し付けて倒産した日本航空機製造株式会社の歴史を掘り起したドキュメンタリーです。こっちはさんの流れです。

 

2 惜別!YS-11

 坂崎さんの惜別!YS-11はYS-11を語りながら、実は坂崎キャプテンの半生記といっていい内容で、ギャグ的要素も含みながら単独フェリーや定期路線の出来事が語られていきます。「YSは見かけはサラブレッド、しかして実体は農耕馬である」はけだし名言、何故だと思う方は本書をひもといてください。

 日航製造社員としてアフリカや南米へ輸出するYS-11のフェリーの話は、座席や増加燃料タンクのことや、高地の飛行の危険性など実体験による記述は面白くもあり、勉強にもなります。

 また、親切にもコックピットの大判カラー写真つきで機器の詳しい解説と、羽田から三宅島までの操縦のキャップ・コーパイの心理状態まで含めた描写がついております。

 

3 YS11の悲劇 ある特殊法人の崩壊

 目次から、第1章 素顔のYS-11 第2章 足踏み 第3章 奇妙な資金計画 第4章 ダンピング 第5章 倒産と拾っていけば、おおよそ本書が何を書いているかがわかるでしょう。

 筆者は東京新聞社会部記者の出だしでYS-11初飛行を取材しました。その感激を胸に抱きながらYSと付き合っていくうちに様々な疑問を抱くようになり、その最大の問題点が、お客を乗せるための旅客機でありながら、ユーザーの立場を無視するかのような設計製作社側の態度であったようです。

 それは粂さんが度々言っていることでもあり、新聞記者として日航製造にお役所的な気風を見ているというのが、私には大きなポイントだと思えます。

 要は、通産省というお役所があって、その下に日航製造という下部組織があったのです。通産省はこれまたお役所の弊害である縦割り行政のために、運輸省や防衛庁との連携の姿がぜんぜん見えてきません。お役所下部組織的であった日航製造が民間航空会社を相手にしなかったのも無理はありません。にもかかわらず運輸省も防衛庁も民間も国策であるからと欠陥製品を強引に押し付けられております。

 もうひとつ、通産省の節度のなさというか、1機4億円が5億2千万円にも高騰して日航製造が死ぬような思いで販売交渉を続けているのに、殆ど有効な救済手段を講じていないこと、あるいは、後始末に追われるあまり、せっかくの技術継承ーつまり次期大型機開発ーに道筋すらつけなかったことなどを問題点としてあげることができます。

 山村さんが国辱的契約と書いている南米各国への売り込みは、直接その衝に当った矢嶋さんと坂崎さんの回顧とはニュアンスの異なるところがあります。しかし「国辱」という状況の時に乗り出すべき政府の姿は、相手国の高官などばかりが目立っていて、日本の優秀なお役人連中は何をしていたのだろうかと思わせます。口ではYSを国家的プロジェクトと言いながら・・・。

 この本が出版されてから約10年経ちますが、お役所の状況が飛躍的に改善されているようには見えませんね。霞ヶ関の全官僚に必読の教科書として進呈したいものです。

 

4 検証は続けなければならない

 とはいうものの、180機の生産と販売と運航が残した実績は正当に評価されなければならないでしょう。YSに関するたくさんの書籍が出版され、プロジェクトXにも登場していることが、YSの多様な評価を物語ります。

 ここに、わずか2冊の紹介だけで事が済むとは思っておりません。 また、随想的な書物と警世的な書物を並べて紹介するのはおかしいといわれるかもしれませんが、書名にYS-11という共通項があるので代表選手として登場させた次第です。

 2002年8月30日にYS-11初飛行40周年の集いが新橋航空会館で開催されました。設計、製作、販売、運航のあらゆる分野でYS-11に関係した人々が馳せ参じ、不愉快な行きがかりは捨てて談笑の渦ができたそうです。

 いいお話しだと思います。

 でも、それはそれとして、YS-11の功罪だけはこの先も検証し続けなければならないと考えます。

 明日の日本の航空界のために。


日替わりメモ2004/08/06から転記

 佐伯さんのYS-11の書籍の紹介に関連して にばさん

 昨年所沢航空発祥記念館でYS-11シンポジウムが開催されました。小生も参加しました。粂さんは導入当初のYS-11はとても旅客機といえる代物ではなかったと言われてました。雨が降るとすぐ不具合が出たり、天井のエアコン出口から水がもったり、胴体後部の非与圧部分に大量の雨水がたまったりで大変ご苦労されてそうです。
 
 種々の対策を立て日航製に連絡したりで、やっと普通に飛べる旅客機になったそうで、生みの親が日航製で育ての親がJASをはじめとするエアラインでしょう 。お陰でエアラインの技術がYS-11に育てられたそうです。小生もANAでYS-11の主脚作動筒の油漏れ対策や主脚ロックの表示器の視認性向上のための色の変更などの改修を担当しました。
 
 旅客機は運行してメーカーには決してわからない、運用の上の問題が多数発生します。そういった問題を次期輸送機に設計段階でどう反映させるかがメーカーの技術の成長につながると思います。

 YXが日の目を見なかったために折角戦前の五人のサムライといわれた技術者から引き継いだ技術がYSの関係者が殆ど定年退職してしまい、継承されなかったのは日本の航空機製造技術にとって全くもって残念なことで大きな損失だと思います。

 
 C−1や戦闘機にその技術が継承されているという方もいらっしゃいます。しかしそれは所詮軍用機の技術であり、稼働率や定時性が即企業経営に影響するシビアなエアラインに対するものとは性質が異なると思うのです。

佐伯から : YS-11によってエアラインの技術が育てられたとは、まさかそれが日航製造の意図するところではなかったでしょう。造る側と使う側の意思疎通、古くて新しい問題です。

 YS-11本は第三者によるものとパイロット側から見たものが圧倒的に多いなかで、もっと整備側の本が出てもいいような気がします。(関係者が思いを綴ったものは何冊かあるみたいですが、公開はされていません)

 なお、にばさんには成田の航空科学博物館へ土曜日の午後行くと会えます。台風の時には主翼の上に土嚢を積んだとか面白い話が聞けます。

 

2 書評 相次いで出た雑誌社のYS-11本  佐伯邦昭    

                                       図書室13から転記


2004年11月にイカロスと酣燈社から発行されたYS-11に関する別冊を取り上げます。

 

            

書 名

月刊エアライン特別編集

日本航空機製造YS-11
航空秘話復刻版シリーズ⑹

YS-11誕生秘話

発行日

2004/12/01 2004/11/20

発行所

イカロス出版株式会社 酣燈社

価 格

2400円 2000円

 

1 月刊エアライン特別編集 日本航空機製造YS-11

批評に耐え得るか?  YES!

 

YS-11三面図青写真

  20代以下の皆さん、構想をたてるという意味での「青写真をえがく」の「青写真」とは何か知っていますか?

 今では乾式のジアゾ複写機による複写を青写真と呼んでいますが、本来はトレーシングペーパーに墨で書き入れた原図に感光紙を重ねて1枚づつ太陽光線にあて、複写をとっていたのを青写真といいます。青い地に文字や線が白く抜けます。明治時代から 建築でも機械でも図面はすべてこの白抜きの青写真でした。人生の青写真をえがく などというのはその転用でした。

 はじめから横道にそれましたが、私は、書店でこの本を手にとって青焼きの三面図2枚 (p32-35)を見た途端に買おうと決意したくらいに魅せられました。1枚は試作機の三面図、1枚は試験飛行で指摘された欠陥を修正するために主翼上半角と補助翼を改善した三面図です。

 残念ながら、下の方をカットしているため日付や作図者や決裁者が分りませんが、それでも三菱重工業からこれの掲載許可をかち取ったイカロスの担当者は殊勲甲だと思います。

 CADなど夢にも出てこない時代に烏口とGペンで丹念に製図したYS-11の青写真には、汗と脂が染み付いていて、当時の苦労を偲ばせます。そして、言葉で語られてきた改造点を三面図と細かな寸法で明瞭に比較することができます。惜しむらくは1枚の折込でなく2ページに分けてあることですが、そこまでは文句を言いますまい。


「国内オペレーターの系譜と軌跡 」は面白くためになる

 全体的にはかなり欲張った編集です。それに原色多用のカラー写真が入り乱れており、その割には文字活字が小さいので、高齢者はすべてに目を通すのは不可能とあきらめておりますので、拾い読みをした範囲での主観的紹介であることをまず断っておきます。

 「国内オペレーターの系譜と軌跡」(p43-65)で、全日空系列を茶谷昭雄氏、東亜国内系列を粂喜代治氏が執筆しております。

 面白いと思うのは、例えば粂氏が、2003年に所沢のYS-11シンポジュウムで「YS-11は使える旅客機ではなかった。要求しても改善してくれない。YSを一流旅客機に育てたのはエアラインである」と旧日航製造に噛み付いたあの論調 が全く影を潜めていることです。茶谷氏も同様です。

 私が書評1で取り上げた「YS11の悲劇  ある特殊法人の崩壊」の線上で書くのは、この際、YS-11の引退を機に大いに稼がせてもらおうというイカロスの出版趣旨に反するので遠慮されたということでしょうか。

 失礼な見方ならお詫びしますが、それを除けば、全日空系列、東亜国内系列の縦断歴史はたいへん読み応えがあります。誉めこそすれけなすところはございません。 また、松崎豊一氏の航空・海上自衛隊、海上保安庁、編集部執筆の南西航空などもよくまとめてあります。


写真にすごいものがある

 「青木勝+YS-11」、同じく青木氏の「日本エアコミューター」(p6-29)は、まあこんなものでしょうという印象です。 「ディテールに見るYSの技術遺産」(p36-42)ももう皆さん承知の内容。

 帆足孝治氏の「YS-11開発秘話」(p75-88)も過去の文献からまとめたもののようですが、帆足氏が記者として接した関係者のエピソードが出てくるのが興味深いです。

 「週末はYSに逢いに行こう」(p137-141)というわけで柏博幸氏が全国の展示機を紹介しています。そのすべてが我が航空史探検博物館と一致するといいたいところでしたが、国立科学博物館が羽田に 預けている機体の写真、それと能登の日本航空学園にもう1機と熊本の崇城大学も最近取得しているというのは初見でした。当方のリストと比較してください。

 写真といえば、歴史派マニアの立場で、おおこれは珍しいと思った次の機体がどういうわけかすべて小さいサイズにしてあるのが不可解です。

p50 JA8677 アルゼンチン航空塗装の東亜航空機
p50 JA8662 黒覆面と呼ばれた日本国内航空機
p55 JA8696 日本航空カラーの南西航空1号機
p56 JA8717 日本航空と描いたリース機
p57 JA8612 地質調査に使われた中日本航空機

などなどです。もちろん、大型写真の中にもあっと息をのむ写真があります。撮影者名を見ると、なるほどこの人なら写しているだろうと分りますが、どうも皆さん小出しにしているようで・・・。


総じて批評に耐え得る内容ですが

 同時に出た酣燈社のYS-11本(下記)に比べての話しとして、本誌は、YS-11の全貌を抜かりなく網羅していると思います。詳細な年表(1556-2004)とともに後世においても参考にして差し支えない内容です。

 ただ、たまたま目に付いた誤謬ですが、航空自衛隊機のデリバリ-月が本文とリストで違っていたり、就航式を就任式としたりなどのミスがあります。気をつけてください。


2  航空秘話復刻版シリーズ⑹ YS-11誕生秘話

批評に耐え得るか?  NO!

 まずは、この本を一読して何故「誕生秘話」という書名なのか理解に苦しみます。

 輸研創立から現在までのYS-11に関する航空情報の記事をコピーしただけの内容が、「誕生」とか「秘話」という名に価するのでしょうか。編集後記がないので、一体何を意図して航空秘話復刻版シリーズに加えられたのかさっぱりわかりません。

 新しいものも付け加えられています。しかし「秘話」でも何でもありませんし、お粗末な内容です。

 「航空博物館へYS-11を見に行こう」というのが最新情報ですが、前記のエアラインの「週末はYSに逢いに行こう」と比べてみてください。中途半端もいいところ。

 YS-11世界の塗装機として46機のカラー写真が載っています。その中にJDAの同じタイプの塗装の機体を6機も取り上げながら、東亜航空機はゼロ、全日空の最初のカラーと次のモヒカンルックもなしという具合です。

 年表もあります。が、その中に東京オリンピックの聖火を運んだYS-11について「那覇空港から各空港を経由し千歳空港までオリンピック聖火を空輸」と 書いてあります。私は、これを見ただけでいい加減な作表だと思いました。

 正しくは、鹿児島と宮崎空港へ降りて聖火を地元にリレーしてやり、そこからは名古屋空港で給油をしただけで北陸ルートから一気に千歳へ向かっています。「各空港を経由し」と書くと、いろいろな飛行場に降りては飛び立ったというように誤解されます。

 つまりは最適な表現を求めて十分な推敲をせずに、まあこの程度にという編集なのでしょう。

 この本を2000円も出して買った方が気の毒です。

 もう一つ、歴史派マニアは、大変な苦労をして古本の航空情報や世界の航空機を集めています。安易に出版できるからとこのような意図不明の復刻版を出すのは直ちにやめ ていただくようお願いします。

 

3 初期の航空ファンと航空情報のYS-11に対する見方   佐伯邦昭  3          

                                                       日替わりメモ2010/12から転記

・ YS-11 航空情報と航空ファンの見方

 航空情報1965年5月号に、実働を開始したことを告げるYS-11の飛翔姿が見開きグラビアにのりました[3]参照)。更にニュースフラッシュに国内航空が試作2号機を聖火号として就航させる時の花束贈呈や空自の52-1152のテスト飛行写真を載せています。当時としては、読者にいよいよ働き始めるのだなあという感慨や期待を抱かせるもので、とても新鮮な感じを受けたものです。そして、本文の「日本の航空工業1965」の中で、すべり出し好調のYS-11として各社や官庁からの受注状況を紹介しています。

 同じ月の航空ファンは、グラビアにYSの写真はなく、国内機ニュースという記事の中で受注状況を紹介しながら
 〜 期待された大手ユーザーの日航が5機分の仮契約を取り消した 
 〜 フラッグキャリア―が使用しないとなると海外への信用に大きく響くとあって日航製の頭は痛い
 
〜 初の海外輸出として期待されたカリブエア航空には3億6千万円というダンピングに近い値段であったにもかかわらず、コンベア660に敗れたため、今後の海外輸出に暗影を投じている
と悲観的に書いています。

 両誌の相反する見方は、続く6月号でも際立ちました。
 航空情報が表紙とニュースフラッシュに航空局の飛行検査1号機を載せ、更に東亜と国内航空の写真も載せているのに対して、航空ファンは、グラビアで全く無視している上に菊池敏という人の「これでよいのかYS-11」という4ページにわたる記事で「あきれた愛国心  検査結果は極秘  ”鎖国”を考える通産省  100億円の無駄遣い」と徹底的に批判をさせています。

 菊池氏の取材は、通産省と日航製の妨害に逢い、主として運輸省航空局とユーザー会社の現場からのもののようですが、今読んでも相当に核心をついています。それは後年発行された山村尭著「YS11の悲劇の内容にも符合します。 粂喜代治氏らが言っている使い物にならないYS-11を一人前に育てたのはユーザーであるということや、外国から足元を見られて買いたたかれた実態が既に1965年当時から指摘されていたのです。

 航空ファンが以後ずっと、その立場に立っているのかどうかは調べていませんが、片や航空情報は好意的な見方を変えていません。試作1号機のテスト段階で危険な構造であることを読売新聞がすっぱ抜いた時に、航空情報は木村秀政氏の「楽屋裏を覗いたようなもので非礼千万」という抗議を載せたように、その態度は一貫しています。YS-11批判を書きでもしたら大御所からどういう仕打ちを受けるか、大変なことになりますからね。

 国産旅客機に関する航空情報と航空ファンの立場は、かくの如しでありました。面白いですね。

 

 引き続き両誌の1965年7月号を見てみました。

 航空ファン : 日本航空機製造株式会社が、航空ファンの数々の批判に耐えきれないとして総務課名で「YS11の評価と現状」と題する一文を送っています。その趣旨は「実情をご存じない一般読者に誤った認識を植え付ける恐れがある」として、次の理由を挙げています。
 1 試験期間中のトラブルはすべての航空機に共通するものであり、テストにより、或いは就航後においても逐次改善されるものであること
 2 衆議院の委員会において航空各社首脳部が口を揃えて非常に優れた性能を持っていると証言したこと
 3 海外の新聞や通信社の評価もきわめて高いこと
 4 既に確定、予約を含めて90機の需要があること
 5 運行に必要な補用品の供給も万全の手配をすすめていること

 対する菊池敏氏の答えは、他機にはない良い点もあることを認めながら、自分が提起した疑問と問題点に具体的に説明してくれないのがとても残念と結んでいます。
 同感ですね。1と4はともかくとして、2については、事前にお役人によって周到に釘を刺され、変な答弁でもしようものならひどい仕打ちを受けますし、3については、当然ながら批判報道は無視しますし、5については「手配をすすめている」という現在進行形が気になります(アフターサービスの意識がなかった)。

 各論を書く余裕はありませんが、現場の不満とか、定価4億円の機体を3億6千万円で売る商売などについては、なにひとつ疑問に答えていないし、第二通産省気質の日航製に答えられるわけがないということです。(最終的に生じた赤字は機体メーカーが36億円、通産省つまり国民の税金245億円を使って処理された)

 航空情報 : 国内ニュースに納入状況と4月の座席利用率が61%できわめて好調なすべり出しと記し、グラビアには全日空1号機の写真を掲載しています。好意的な取り上げ方に異論はないのですが、編集部の耳にも入っていたであろう現場の声に完全に背を向けてしまっていますね。一般読者に誤った認識を植え付けているのは、航空情報も同罪のようであります。

 

 

4 書 評  「YS-11 国産旅客機44年の航跡」記録集


 

 

 書名 航空遺産継承基金アーカイブス
     「YS-11 国産旅客機44年の航跡」
記録集
      

 編集発行 財団法人日本航空協会航空遺産継承基金事務局
        太田正 佐藤智徳 長島宏之 苅田重賀

 発行 2007年3月
     

 
 


 

  この目次と赤文字の補足を見て頂ければだいたいのことが分ると思いますので、詳しい紹介は省きます。さすが日本航空協会に長年にわたって寄せられた資料と、殊に航空遺産継承基金を設立して積極的に収集整理されているだけあって、未発表と思える史資料がたくさん掲載されています。

 第2章の戦前の旅客機群の史資料の中で個人的に注目したのは、ダグラスDC-3の1/100三面図(青写真)です。ライトサイクロン付きですから明らかに戦前のものですが、富士飛行機株式会社と書いてあり、一体どこの会社でいつ何の目的でトレースされたのか興味がわきます。

 第3章では、これまでのYS-11本ではお目にかかれなかった試験機材やフライトマニュアルや外国語パンフレットなどがあります。

 第1章の下郷松郎さんの写真は、会場に展示されたものを一覧印刷してあります。見ていてよくぞ全機追ったものなりと感嘆させられます。
 ただし、次の8機が空欄です。彼をもってしても撮影できなかった機体では、もう誰も埋めることができないでしょうか。
     製造番号順 2061 2080 2113 2117 2120 2122 2145 2156 

その他

○ 矢嶋英敏著「異邦人、改革に起つ」日本経済新聞社http://www.amazon.co.jp/gp/product/4532312469/ref=sr_11_1/250-7954696-9199412?ie=UTF8

 図書室12にあります日経新聞に連載された矢嶋氏の「私の履歴書」を元に大幅に加筆した本です。YS-11についてもわざわざ一章を設けて加筆しており、矢嶋氏の思い入れの深さがうかがえます。

 YS-11の弱点の一つとされた水問題に関しては「微小な水漏れ」との文字だけで、運行会社側の「雨が降ると飛べない」「ドラム缶一杯の水」「中で金魚が泳ぐ」と比べて日航製での認識が伺えます。

 

○ 内田幹樹「機長からアナウンス」新潮社
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4101160414/sr=1-2/qid=1160417108/ref=sr_1_2/250-7954696-9199412?ie=UTF8&s=books

 元全日空とフェアリンクの機長で作家の内田幹樹氏のエッセイです。巻末に自分が飛ばした飛行機のコメントがあり、フレンドシップ、B727、YS-11、737、747、767、CRJ-100について載せています。

 この中でYS-11は最低の評価。とにかくパワーがない、操縦室が暑すぎたり寒すぎたり、当時の水準からいってもホントにこれでいいの、という感じ。クラウンに軽乗用車のエンジンを乗せたような飛行機、とけちょんけちょんにけなされています。他の飛行機はどこかしら誉めていますが、YSは全く無し。

 「飛行機マニアにはいまでも人気があるようだが、これはまったく理解できない。」「パイロット仲間でも、YS-11に愛着のある人をほとんど知らないし、できれば避けたいと思っているのではないだろうか。」

 ANKの板崎機長や、JACの本村機長のように、心底YSに愛着のある機長もいますが 、一般的な評価は内田機長の方かもしれません。

 なお内田機長は新しい飛行機ほどよい(「B3よりB6、B6より400の方が飛びやすいのだ。」)とも言っていますが。考えてみれば車だって、普通の人は新しい方が 運転しやすいですねえ。そんなものかもしれません。

 

 

TOP